Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “初 午”
 


          



 大陸の大国の習わしに倣ってのこと、帝を“神様の子供”すなわち天子と仰いでの朝廷が政権を掌握している御代であるからか。平安の今世、国事には神様を祀る神道系の儀式や行事がどうしても多い。仏教もまた宗教として認可・保護してはいたものの、来世のための現世という救済信仰ならではな考え方を、為政者の側としてはなかなか容認出来かねたのか。ギリシャやペルシャ、ケルトにまで届かんという広域を、そこに栄えた古代文明ごと飲み込んで大きくなったあのローマ帝国が、民間から発生したキリスト教を国教とするまでには相当に間が要ったように、思想として飲むにはまだまだ何かと不都合の方が大きかったようで。

  「何をまたごちゃごちゃと、詰まらんことを並べておるかの。」

 まだ枕
ツカミの途中だってのに…。(涙) 年寄りは話が長くてかなわんとばかり、筆者の口上をも中途で辞めさせたこの御仁。ここ、京の都…の場末にあった古ぼけた廃屋を居処とする、これでも結構なご身分の殿上人にあらっしゃる。同じ年代の公達の殿御ともなれば、そろそろ貫禄という名のお肉がその身へとまといつき。恰幅のいい、ちょっとやそっとじゃ身動きしにくそうな体型になることこそが、物資でも身分でも裕福な証し。痩せぎすであるということは、貧しいか よほどの倹約家か、若しくは浅ましい性分をしておるものかと、ともすれば貶められてもいた時代だというに。衣紋の袖から伸びる手首や腕の、細くも白く、それは嫋やかなこと仙女の如し。しなやかな痩躯は、初夏の瑞々しき若木のようでもあって。浅ましいどころか、むしろ趣き深くも玲瓏な佇まいを示し、見た者が揃ってため息をつかずにはおれぬ美しさ。まだ二十そこそこだろううら若き身で“神祗官補佐”などという途轍もない役職を頂いた身の彼こそは、蛭魔妖一という、出世頭の筆頭で。天涯孤独、どこの家柄・血筋なのかも一切が不明という怪しき出自であるにも関わらず、今帝の鶴の一声にて取り立てられたというから、権門主義の今時にはそれだけでも十分に珍しき存在であり。当初はどうやって取り入ったものやらと散々に怪しまれ、しまいには朝家に取り憑きて世を騒がす邪妖そのものかとまで囁かれたが、逆に様々な知識を繰り出し、時には祈祷の冴えを見せつけて、陰陽師としての凄腕をも証明したがため。もはや彼を面と向かって誹謗出来る向こう見ずは、少なくとも宮中の主だった上達部の中には一人もいないのだとか。彼の場合、彼自身の風貌もまた、悪目立ちしそうなそれであり、金色の髪や眸、透けるような色白な肌。およそ、大和・日之本には、いやさ、アジア系統にはまずは居なかろう配色だってのに。
「慣れてしまえば大したことはないしの。」
「…あのな。」
 もしやして、大陸のもっとずんと北の方の人種が混じっているのかも知れぬという憶測だとて。もちっと時代が下がらねば、その基礎となる知識さえ流入しては来ないから。その姿からだけでも十分に、人外か妖(あやか)しかと訝しんだり誹謗中傷したりというような、非道な噂や扱いは常について回りもしたろうに。さぞや苦々しい想いばかりをしたことだろうと気遣えば、
『別に。』
 けろりと言ってにんまり笑う。小さい頃からそりゃあ賢
はしっこい少年だったその上に、誰かさんが様々な知恵をつけてもくれたので。その奇異な姿さえ、
『神官位正一位、神様からのありがたい御宣辞が降りた身である証しだよ』
 ほれ、伏見のおキツネ様の毛並みと一緒だろうがなんていう、とんでもないホラを信用させる看板としていたほどだとか。とはいえ、
「人を怪異のように言うんじゃねぇよ。」
 しかもお前がと、蛭魔が付け足したのも無理はなく。そんな彼を恐れもしない、出来うる限りの常日頃、陰のようにその傍らに控えおる、それは精悍で頼もしい男ぶりをした黒装束の侍従さんの方こそ、実は実は蜥蜴の邪妖。しかもそんなお仲間をたくさん、一手に束ねる総帥様と来て、

  “だからってことを、此処の誰にも恐れられてはおらんが。”

 そうだねぇ。
(苦笑) 決して彼が情けないのではなくて、この偉そうなお館様から、小さな書生の瀬那くんに至るまで、妖異の類には立ち向かう立場であるからで。
「それと、葉柱さんがお優しい方だからですようvv」
「でちゅようvv」
 セナのお言葉はありがたく受け止めるとして。その後へと続いた、舌っ足らずなお声の主は、

  “絶対意味が判ってはおるまいな。”

 総帥殿のみならず、そんな彼からの瞻視を送られたお館様までもが深々と頷いてみたりして。
(苦笑) 小さな書生くんのお背せなへと、ふくふくとした小さなお手々でちょこり掴まってのおんぶが、このところの彼の定位置になっている、もっと小さな男の子。肘とかお膝の関節が、あってもないよな寸の詰まった手足も可愛い、葛の葉ことくうちゃんといい、こんなに小さくとも…実は実は。先程お館様が“昔 騙ってた”とこそり暴露した、稲荷に“使わしめ”として祀られしおキツネ様の、本物の眷属だったりするらしく。とはいえ、今はまだそんな自覚もないままに、この館にて無邪気に屈託なく、楽しい毎日を送っていたりする。

  ――― という訳で。

 何でこう、毎度毎度、紹介の前振りだけで何段も稼いでは無駄にKBを消費するのだ、この年増女はよと。金髪痩躯のお館様に睨まれつつも、最初の冒頭で筆者が語りたかったのは。彼の役職でもある神祗官というのが国事をつかさどるお役目とされているように、神様ゆかりの儀式を時の政府が大真面目に執行する時代であり、もうそろそろ鬼だの物の怪だの悪霊だのといったものらがやらかすとされている“超自然現象”なんてものは迷信だろうと、誰もが気づき始めているにもかかわらず。宗教を単なる“精神論”とか“救済思想”や“哲学”という方向へはまだ、大きな声で断じる人まではいなかった時代だということであり。

  ――― そんな微妙な時代だから、なのか。

 時代が進んだとはいえ、灯火の普及が届かぬ夜陰はまだまだ濃くて。人々の畏敬や畏怖も同じほどまだまだ強いその精気を糧に。物の怪や邪妖という存在、実はそこここに居なくもなくて。話の順が逆ではあるが、例えば葉柱や葛の葉がそうであるし、蛭魔はそういった邪妖の放埒を監視し、成敗封印、時には滅殺しもするのが秘なるお役目だったりし。


  ――― で、今回のお話は。

 奇しくもというか久々にというか、そういうことが絡んでの代物になりそうなので。新しい季節への変わり目でもあることだしと、皆様方に一応のお浚いをしていただいたという次第。

 「これまでだって“そういう話”ばっかじゃなかったのかよ、このシリーズは。」
 「まま、これ以上は苛めてやんな。」

  そうそう、いけずはナシですよぅ♪

 「判ったからとっとと本題へ入れっ!」

  はいは〜い♪






            ◇



 陰暦の二月の最初の午の日を“初午”という。稲荷神社の祭礼が行われ、氏子つき境内ありきの立派な神社は勿論のこと、町の辻や権門の屋敷の庭などにある祠も全て等しく祭られて、また、子供の習い事もこの日に始めるとよいと言われている。今の暦だと冬場の行事だが、昔の暦では今の三月下旬にあたり、そろそろ温かさも増した、それはいい気候の中でのこと。子供らは大屋敷の祠参りとそこで振る舞われるお赤飯やら煮染めやらといった御馳走を楽しみにし、大人たちもちょっとした余興なぞを見せる工夫を凝らしては一日を楽しく過ごしたそうだが。これもまたお稲荷様の行事であり、

  “おキツネ様、か。”

 幼少のみぎりにその名を騙った罪滅ぼしをせよということか。今現在の彼の身内には、間違いなくのお稲荷様のお使いの眷属様、天狐の子供が居候しており、先の段にてもご紹介した葛の葉、転じて“くう”というのがその子のお名前。元々の拾い親は葉柱だったのだけれども、彼を追って来たのが縁で、この屋敷へと居着いた坊や。
「♪♪♪〜♪」
 そりゃあ愛らしくも稚
いとけなく、大の大人でも怖がる凄腕の術師の蛭魔のことを、恐れるどころか懐きまくりで慕っており。今もそのお膝にちゃっかりと座って、おやかま様が文机にてご覧の巻物、意味も判らぬままに一緒に眺めていたりする。そのちょこなんとした三頭身の肢体へと、一応は濃茶の袷あわせに深緑の袴という一丁前ないで立ちをまとって…いるように見えるものの。ふわり接している箇所はふかふかと温かで、彼の地の毛並みの感触に違いなく。手や頬は間違いなくすべすべなのに、やはり温かな輻射の熱が放たれていて、抱えていると温かいことこの上ない。そんなせいか、いやいや、それこそ蛭魔さえ籠絡したほどに愛らしいからのこと。この冬はずっと、こうやって過ごした彼らではあったれど、
「…。」
 お館様におかれては、何やら気になることがおありな様子。そういえば…先だっての追儺の儀の時も、宮中へのお迎えにと、わざわざこのおチビさんを連れて来させていた彼であり。
“あん時に無反応だったってことは、だ。”
 儀式の最中に この自分が察知しなかったほどなのだから、大した邪はそもそも居なかったってこともあるのだろうが。邪への反応なぞ欠片ほども見せなかった彼であり。ならば…破邪の儀式の余韻へはという見方もあったが、そちらへも怯えもしないで至って平気だったくうちゃんであったことが何を意味するか。

  “やっぱ、正月に来たった何物かってのが問題なんだろな。”

 目出度いはずのそんな日に、それは酷く怯えた彼だったというのが、いまだに気になってしょうがない蛭魔であるらしく。
「うに?」
 巻物ではなく、自分のつむじばかりを見下ろしておいでなお館様だと気がついたらしき仔ギツネさん。
「おやかま様?」
 小さな顎をぐぐいとのけ反らせ、今にも後ろへ倒れ込みそうになりながら。どうしたの?と。案じてくれてる愛らしさ。あんなに怖がったことを少しも覚えていないのか、まま、それはそれで重畳ではあるのだが、
“ってことは、具体的なものじゃあないってことだよな。”
 魔犬が吠えたの、邪妖の爪が牙が覗いたの、そんなあからさまなことではないということ。そしてそして、そろそろの日を置かず、やって来るのが…彼らが遣わしめを担う、稲荷神の祭礼だってことであり。

  “次に何かあるなら、その日かも知れん、か。”

 和菓子のぎゅうひのような、ふかふかもちもちの頬をうりうりと撫でてやり、きゃい〜〜〜vvとはしゃがせつつも。その胸の裡
うちにては、何事か考えを巡らせておわしたお館様だったりしたそうな。


  はてさて。




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 *だるいのと微熱がちょっとばかり収まって来たのでと、
  さっそくワープロに向かってる懲りない奴です。
  さあさ、くうちゃんの秘密、少しずつ紐解いてゆきますぞ?
  (いきなり続いている辺り…。)